2011年06月30日

ラヴェル作曲「古風なメヌエット」について

5月に行ったとあるオケの演奏会向けに、曲紹介を書いたのです。
前プロなのに文字数が多すぎて当然のようにカットされました。

せっかくなので、元原稿をブログに。。。

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1895年、ラヴェルがまだパリ音楽院の学生だったころにピアノ曲として作曲され、発表されたデビュー曲がこの「古風なメヌエット(フランス語:Menuet Antique)」です。

「古風な〜antique」という言葉には「古臭い形式の」というニュアンスがあり、さらに「メヌエット〜Menuet」そのものがもともと18世紀の古典舞曲であることから、当時まだ20歳だった彼のネーミングセンス(日本語で表すなら「頭痛が痛い」のような!?)にユーモアを感じ取ることができます。

「ボレロ」や「ダフニスとクロエ」、また「展覧会の絵」の編曲など数々の名曲(その数はおよそ60と決して多作ではないものの)を遺し、卓越した管弦楽法で「管弦楽の魔術師」ともよばれたモーリス・ラヴェル(Maurice Ravel)は1875年3月7日、フランス南西部、スペインにほど近いバスク地方のシブールで生まれました。父ジョゼフはスイス出身の発明家兼実業家で、音楽好きの父の影響で、7歳でピアノを始め、12歳で作曲の基礎を学んだそうです。また母親の歌うスペイン民謡を通じ、スペイン音楽に対する深い共感を受け継ぎました。「スペイン狂詩曲」などにその性質をみることができるでしょう。

両親はラヴェルが音楽の道へ進むことを奨励し、1889年11月、14歳でパリ音楽院へ入学しました。46人の受験生のうち、合格したのは19人だったそうです。

しかし、入学後の彼の成績は決して“優等生”と言えるものではありませんでした。
ピアノに関してはしばしば練習不足から教授を失望させてしまい、また度重なる遅刻などから和声のクラスでも単位がとれず(これは学校で学ぶよりも遥かに先進的な和声の虜になっていたという説もあります)、「古風なメヌエット」が作曲された1895年には一度パリ音楽院を退学してしまっているのです。
その後フォーレなど彼の才能に理解ある指導者の支えによってパリ音楽院に復帰するものの、20歳当時のラヴェルは後年の活躍など想像することもできない“劣等生”だったことは、意外な一面とも言えるのではないでしょうか。

さて、本日演奏する「古風なメヌエット」のオーケストラ編曲が行われたのは、それから40年近くが経った1929年、ラヴェル54歳のことでした。

1900年頃から、当時の若手芸術家達により結成された「アパッシュ」とよばれるコミュニティのメンバーに入り、イゴール・ストラヴィンスキーをはじめさまざまな出会いがうまれます。当時のパリ音楽院で主流だった保守的な音楽思想を“卒業”したラヴェルはその後、ローマ賞という作曲コンクールで“謎”の落選を繰り返し、それが反って彼の名声を高めることとなりました。
第一次世界大戦には小柄な体格(身長160cm、体重49kgでした)や虚弱な体質から希望するパイロットにはなれなかったもののトラック輸送兵として兵籍登録され、また大戦で失った友人や母への想いをこめた「クープランの墓」を発表しています。
1928年のアメリカ演奏旅行は大成功をおさめ、名声は世界中に鳴り響きました。その直後代表作となる「ボレロ」を発表しています。

ラヴェルは1927年頃より発症していた軽度の記憶障害や言語障害の影響もあり、「古風なメヌエット」編曲後は1937年12月28日に亡くなるまで、2曲のピアノ協奏曲と若干の室内楽伴奏の歌曲しか残しておりません。
実質「古風なメヌエット」が最後のフルオーケストラ作品となりました。最初と最後を飾る、作曲家本人にとっても思い入れのある曲なのかもしれません。

作品の構成は3/4拍子の優雅で気品ある舞踏音楽となっており、A→B→Aの古典派時代に定着した形式に倣って作曲されています。A部はMaestoso(荘厳に)という指示があり、嬰へ短調で四分音符=76となっています。
これに対しB部は嬰ヘ長調で四分音符=80と中間部のテンポ指示のほうが速いことが特徴のひとつです。

A部は冒頭のシンコペーションを多用した食い込むリズム、バッハのインヴェンションを思い起こさせる対位法的な書法に若いラヴェルの好奇心、探究心がみてとることができるでしょう。
B部は長調に転じてクラリネットやオーボエ、ホルンを中心としたアンサンブルが展開されます。また、オーケストラ編曲にあたり元のピアノ曲にはなかった金管楽器による信号ラッパのようなフレーズを加え、ユニークな効果をもたらしています。

ラヴェル自身、自作の指揮なども多く行い、あのトスカニーニがニューヨーク・フィルハーモニックを率いてパリ・オペラ座でラヴェルを客席に迎え「ボレロ」を演奏した際、「テンポが奇妙にはやすぎた」と怒ったそうです。几帳面で有名だったラヴェルさん。テンポもさることながら、アマチュアの私たちでどこまでできるか!楽譜の指示に忠実に、少しでも作曲家の理想に近づける演奏できるように頑張ります!
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果たして演奏会はどうだったのかしら。
私はかなりダウンしている時期だったこともあり、まったく吹いた記憶が残っていないという。
メインのブルックナー7番もだけど、録音が気になるわ。

最近はとんとオーボエご無沙汰でーす。たまには吹いてあげないとね。。。









ねむねむ日記 
posted by ねむねむ at 02:42 | Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ラヴェル、ふん、ふん、そうか、なるほど。。。
Posted by chikoko at 2011年07月03日 13:09
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